Dear.



-11-



結局、週末まで学校を休むはめになった僕は、もう冬だというのに部屋のベッドの中で大量の汗をかく事になった。
不在中無理して学校に通っていた僕に母は腹を立てていたらしく、ぶっ倒れて帰宅した息子にあんまり優しい口をきいてはくれなかった…学校から連絡いっちゃったからね。
父との久しぶりのデートを邪魔されたワケだし?…看病はもちろん帰って来てからきちんとして下さったのだが。

土曜日、部活の連中が見舞いに来てなんだかんだひやかして帰り、久々に友達と話をした僕はちょっと元気になったけど、彰広はやっぱり来てくれなかった。

そして日曜日。

「なんだ、もう元気そうじゃない」

「生きてたか」

鮫島とコウちゃんが家に遊びに来た。

「それってもしかして、こないだ湖に落ちたせい?」

「あれは派手だったよナー」

「あのな、誰のせいだっての・・・あ、鮫島、その事母さんには言わないでね」

「うん。二度と釣り行けなくなりそうだもんね」

鮫島はくすくすと笑った。

鮫島は僕の母と仲が良い。
と言っても別に単身赴任中の夫(僕の父は今独り札幌にいるのだ)を持つ人妻に間男している高校生ってわけではない。
子供の頃から園芸が趣味な高校生・鮫島は、母が自宅で開催しているフラワーアレンジメント教室の生徒として通って来ているのだ。
それが今日なので、午前中から階下は人の出入りが激しくざわついていた。

「あの時やっぱ冷えちゃったんだろ、温泉入っとけば良かったのに」

「うん、誰かさんのせいで水に浸かるの怖くなっちゃってサ」

「そんなヤワなわけはねーダロ」

「オマエな」

そう。入るどころじゃなかったのは別の事でだ。
・・・話題を替えよう。

「鮫島、夏に貰ったポトスさ、あの通り元気だよ」

空気がきれいになるように、とサンルームから移動して来た幾つかの鉢植え。
植物を育てるのが好きな鮫島が以前株分けしてくれた白い斑入りのポトスもその中にあって、僕の机の上でさわさわとその葉を揺らしていた。
やっと鉢の大きさに見合うくらいに成長したんだ。

「ふーん。あ、何かこれ、びっくりしてるペンギンみたいだな」

そうコウちゃんは言って、おもむろに絡まりかけたポトスの葉を摘むとピッと上に引っ張った。

「わ!だめだろ、そういう事したらっ」

鮫島が慌ててコウちゃんの悪の手(?)からポトスの鉢を取り戻した。
緩んで外れた蔦は情けない形で横に広がっている。

「おいー、マジで怒んなってー」

「幸太郎、おまえ何しに来たんだよ」

本当に何しに来たんだろう。

鮫島とは対照的に、コウちゃんは家の母が最近ちょっと苦手らしい。
だから電話はよくくれるけど、家に遊びに来るなんて事は近頃じゃほんと珍しい事だったんだ。
昔はそんな事なかったと思うのだけど、まあ、あいつにも色々あるんだろ。
それが母に用事のある鮫島とつるんで今日は来た。一体どういう事なんだ?

「何しにって、見舞いしに来たに決まってるじゃん?」

涼しい顔でコウちゃんは答えた。
鮫島が蔦の絡まりを直しながらチラリとそれを見た。

『おヤツ取りにいらっしゃーい』

階下で母親の声がしたので、立とうとした僕を鮫島がそっと手で押さえるふりをして止めた。

「僕が行って来る。ちょっと、コウちゃん」

部屋を出て行く前に鮫島は釘を刺すのを忘れなかった。

「さっきみたいな遊びは禁止。可哀相だと思わないの?」

そう言って部屋を出て行きかけたところで、目の前で咲きかけた赤いハイビスカスの鉢を何気に眺めていたコウちゃんは、おもむろに指を差して聞いた。

「なぁ、この花って食えんだっけ?」



「あのな、イラつかせに来たんならな、家に来んなよ」

「いつイラつかせたよ?」

僕よりも華奢な鮫島に後ろから蹴りを入れられた背中は、大したダメージなんてなかったらしい。
コウちゃんは僕の机の上の、冬咲きに育てた赤いハイビスカスの鉢を胸に抱えたままそれを眺めていた。

「なぁ、これって冬に咲くものなのか?」

「いや、そういうふうに育てたんだよ」

小さな鉢の、少し小ぶりな蕾。
絞るように堅く閉じていたそれはここのところほんの少し緩みかけ、しなやかな赤の花びらをチラリと覗かせていた。

「咲いたら、きれいなんだろうな」

「うん…なぁ、それは弄るなよ。一応、大事に育ててるんだから」

クリスマスの頃鑑賞が出来るように。
単身赴任中の父親に代わって僕が育てている本当はとても大事な鉢植えだ。

「マコ。お前さ」

「ん?」

「元気か」

「え?」

ハイビスカスの赤い鉢を見つめたまま、おもむろにコウちゃんは聞いた。

「あいついなくて平気なのか?」

「・・・あいつ?なんて言い草だよ、父さんなら年末に帰って来るけど」

コウちゃんが視線を上げた。

「分っててハズすなよ。何かあったんだろ、あの日。彰広、マコの事だけずっと特別だったもんな」

知ってたのか。

目を、伏せるには遅すぎた。
凍り付いてしまった僕の顔を真っ直ぐコウちゃんは見つめていた。
それは幼い頃から変わる事のない、混じり気のない真っ直ぐな目。
嘘を受け入れない目だ。

僕は重い口を開いた。

「どうして、わかった」

自分の首の後ろを、コウちゃんは指先で軽く叩いた。

「釣りハネてから、ここにさ、キスマークが。ボート乗ってた時は見なかったし、それで」

僕は息を呑んだ。
あの時首に絡み付いた熱くて熔けそうな痛み。あれが跡を残していただなんて。気付く余裕もなかった。どう繕えばいいか、その事だけしかその時の僕の頭にはなかったから。

「だから、とうとうやっちゃったんだなぁって」

「とうとう…って、知ってたの、あいつがそういう風に・・・ウソだろ、ずっと?」

「うん、知ってた。マコがあいつの気持ち気付いてないってのも、知ってた」

「・・・うそ」

どんだけチビの頃から側にいたと思ってんだよ。
コウちゃんは上目遣いで僕を見て言った。
  
「何しに来たっておまえさっき言ったケド。おばさんに相談されたから不味いと思って来たんだ」

「相談?」

「最近、彰広朝迎えに来ないんだってな?電話、繋いで貰う前少し話したりする事あるんだよ、おばさんと。で、何か聞いてないかって・・・ま、言えるわきゃねーよな。だから、責任取りに来たんだ、こうなったきっかけ作った事の」

毎日来ていた友達が突然来なくなれば誰だって気にする。
僕は理由を、上手い嘘を付く事も出来ずに今日まで来ていた。

「このままさ、何も無しで行くんだろうって前は思ってた。けど、釣り行く前に様子変だったし、だから、いつかこうなるんじゃないかなって気、してたんだ」

隠し事が、昔から出来なかった。とくにコウちゃんの前では。
そしてこいつは、色々聞かないけど色々分ってしまう奴だった。昔から。

「・・・どうしていいかわかんなくて、あいつの事傷付けたんだ」

傷付けたと思わせた事で、あいつの事、僕は更に深く傷付けたんだよ。
そして、何もいう事が出来なくて。

「それは向こうも同じだろ。あいつだってずーっとさ、葛藤してたんだろうし。その上しくじったんなら尚更な」

目を逸らした僕に、コウちゃんは淡々と続けた。

「収め切れなかった自分許せないでいるんじゃねぇ?で、おまえはどーすんの。彰広の方は半端じゃねーだろ」

僕は聞いた。

「コウちゃんはさ・・・その、そういう事は気持ち悪いとかは思わないの?友達がさ、」

「俺がどうとか関係ないだろ。マコはそう思ってるのか?」

僕はそれに、首を横に振る事で答えた。 

「あの娘の事は、まだ気にしてるのか」

それにも、僕は首を横に振った。
忘れたわけじゃないよ、それはずっと僕の自戒の対象だ。
ただ、はっきりと違うんだ。
僕は彰広がいなかったら、息が出来ない。
いないっていう現実が、受け入れられない。
元から質が違ってたんだ。それを、はっきり自覚した。

「好きって自覚あんの?」

「居なくなるのは嫌だ」

「我侭だな。ならおまえ的な問題は、おんなじに応えられるかって事?」

「うん…あいつが誰かのものになるのは嫌だと思った。だから側に居て欲しいって思うけど、それで友達じゃなくなるっていうのは…急に見方変えられるもんじゃないだろう」

「だろうな」

抱えていた鉢の膨らんだ蕾をコウちゃんは柔らかに指先で撫ぜた。

「でも、なるようにしかならねぇんじゃね?おまえだってあいつが特別は特別なんだろ」

「うん…」

「彰広もマコも、ホモって訳じゃないしな。答えだすのはおまえだけど、ただ、仮にな、おまえら出来ちゃったとして。それはそれで、それだけだって俺は思うからな」

「コウちゃん、」

「俺らは俺らだろ。これからもそれは変わらない」

混じり気のない目でコウちゃんは蕾を眺めていた。それから静かにその鉢を元あった場所に戻した。
トントントン、と鮫島が階段を上って来る足音が聞こえる。

「ただな、もしそういう事になるんだったらもっと上手くやれ。どう転んでも、隠すんなら、しっかり隠し通せ。で、おばさん心配させんな。以上、俺がおまえに言いたかった事。それとさ、菓子袋は今後その辺に散らかさないようにするから」

そこのところだけそっぽを向いて、小さくコウちゃんは付け加えた。

「また、皆で釣りに行くべ」

「うん…」

「おまたせーっ。生徒さんが焼いて来たクランブル分けて貰って来たよー」

ふんわり広がったアーモンドのとてもリッチな香り。

肩で扉を押して、お茶菓子を取りに行っていた鮫島が部屋に顔を覗かせた。
立ち上がったコウちゃんは開いた扉の上の方を何気に手で押さえた。

「じゃ、俺帰るわ」

「え、何でっ、ちょっと、パイは?」

「今食ってく」

鮫島の抱えたトレイからコウちゃんは一切れパイを摘み上げると、上に乗ったクランブルを少しもこぼす事なく器用に平らげ、そのまま視線だけを僕に向けた。

「じゃあな、マコ」

「…ちょっと、何なんだよ」

突然帰って行ったコウちゃんの後姿をあっけにとられて見送った鮫島は僕に聞いた。

「何なの…?」

「さぁ?」

友達がいがないって思ったの、訂正しなきゃかな。
言いたい事だけ言って帰った。いかにもコウちゃんらしく。

「うまそー。あ、鮫島。味見したろ、口んとこついてるぞ」

心配をかけてばかり。甘えてばかりだ。
自分で、ちゃんとしなくちゃ。

僅かに微笑んだままの僕の顔を、トレイを抱えたままの鮫島はちょっと赤面して、それからただただ不思議そうな顔をして眺めていた。




back / menu / next


Copyright (C) kaka/ 菓々 All Rights Reserved.