雨の匂い





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傷を付けたくなかったから、オリーブオイルを使った。
ローションなんて持ってる訳も無く、ましてやここは誠の家。これなら、体に塗っても食べても平気だろう、なんて台所を物色したりして、どれもこれも試行錯誤の上の事だった。フローリングの床の上、誠の腰の下と俺の膝の所にバスタオルを敷いて愛し合った。

誠に挿れるって決めたら、なんかもう一生懸命やるしかないって感じで。童貞みたいに俺は緊張してたと思う。
誠のに舌を絡ませながら体の中にゴムを被せた指を入れて少しずつ、様子を見ながらたっぷりオイルを馴染ませて行った。
この場所に男でもいい所があるらしいと知識だけでは知っていたけど、それがどこなのか良く分らないから傷をつけないようにゆっくりゆっくり探ってみる。

湿った隠微な音がする中、誠の肌が今迄になく汗ばんで粟立っていた。
片足を俺の肩にかけて背中に絡めながら、掠れた吐息を切れ切れに吐き、眉を眇め頬を赤らませた少し辛そうな表情。
それがひどく艶めかしく見えて、俺はなんだか凄く興奮した。
指を中に飲み込ませてそこは、赤く蠢く何か別のいやらしい生き物みたいで…
 
「痛く、ない ?」

上ずりそうになる声を抑えて聞く。だって、初めてだもんな。ましてや女と違うもっと硬い男の体だ。意識しないでも締まる筋肉をほぐして行く作業はすごく時間がかかるものなのだと俺は知った。もう、こっちもかなり昂って来てはいるけど、誠には気持ちよくなって欲しいから、ひたすら、我慢。

入り口がきついだけで、中は柔らかに蠢いて温かいんだって事が分り出した頃、誠も甘い声を聞かせてくれるようになったから、少しだけ余裕が出て来て指をそろりと動かしてまた中を窺がって行った。
さっき誠が疼くって言ってたところ、どこだ ?

唐突に誠が高い声を上げ、ペニスに力が入って、激しく痙攣した。

「ここか ?」

「わかんな…っは」

もう一度確かめるように中のそこを指で返して押し上げてみると、今度は声もなく喉を大きく仰け反らせた。

戸惑うような表情で空に投げ出された視線が彷徨う。
うっすらとにじんだ汗、桃色に染め上がって行く誠の体。
眉を寄せ、額に張り付いた柔らかい髪を見て思う。
本当に、今迄。なんで俺は挿れないで来られたんだろ。
俺に焦点を合わたグラスみたいな目に涙の薄い幕がかかる。
…だめだ、そんな顔しちゃ、誠。

 「悪い、限界」

新しいコンドームのフィルムを口の端で切って装着し、自分のペニスにはオイルを垂らしながら、俺は薄赤く濡れそぼった誠の入り口に自分の先を強く押し当てた。
そのまま押し入るように突き立て上げ、背を丸め噛み付くように誠にキスをする。
途中、制止した声は聞こえてた。でも優しくなんて出来なかった。
本能で欲しがった、そんな感じのセックス。

そこは元々吸い上げるようになんか出来ていないから、ともすれば押し出されてしまいそうになるのに、それでも入り口できつく俺を食い絞めて中に留めようとするから。
堪らず折った誠の足ごと抱え上げ、悲鳴交じりのその声も逃がさず飲み込んでしまった。

喰らうっていうのはこういう感じの事を言うのかも知れない。

突き上げられて最初は暴れていた誠の足が、俺の背中をぎゅうと抱きこみ必死にしがみ付いていた。
ショックで冷や汗を掻いた体が冷たかった。
指の時とは違って辛かったんだろう、きつく瞼を閉じた眦から涙が零れていた。
それを見ると胸の辺りがきゅう、として抱き締めてやりたいと思うのに、胸をぴったりと合わせてこいつを抱き締めてやる事が出来ない。
その隙間が酷くもどかしくて切なかった。
否応く、男同士の関係を意識させられた。
だから、零れた涙を全部舐め取って、その頭を強く抱き返した。

 「ごめんな」

かろうじて、いいから、と頭だけ動かしそれに答える誠。
辛いんだろ。苦しい思いさせたくなかったのに、この隙間を埋めたくて、心の中はずっとやるせない気持ちで一杯なのに。
でも中は熱くて蕩けてて、俺が今迄知ってたとは全然違う、余裕ない。もう止まれなかった。

激しく何度も突き上げて、誠の奥深いところで俺は思い切り弾けた。
中でそうなったのに反応するみたいに、誠の中が細かくうねり上がって柔らかく俺を抱き込むから、すぐさま硬さが戻ってしまい一向に快楽は納まらない。

もっと深いところで繋がりたい。
もっと高みに上りたい。

更に深く突き入れると、辛さをかわすように誠が腹の間の自分のペニスに触れようとしたから、その手を一緒に握りこんで扱き上げてやった。
中の俺と同じように手の中で硬さを増して行く誠が愛しかった。
俺で感じてくれてる事が単純に嬉しかった。
滑らせ、なぞり、求め合い。
掠れて、空気がもれるような声を途切れ途切れに上げ、誠が一際きつく俺を締め付けて来た。

 「・・・達って、誠」

瞬間、高温で焼け融けたように。
連られて深く突き入れた先で、俺もまた射精した。




いつの間にか雨が上がっていて、窓からは夕方の一歩手前の明るい日差しが差し込んでいた。
折り重なったまま、汗が退くまで暫く浅い呼吸を吐いていた。
誠は胸の上で、俺の頭を抱いて、時折くしゃりくしゃりと短い髪に指を通して梳いていた。
庇から落ちる、スコールの名残の雨だれの音。
穏やかな鼓動を刻む誠の胸に口付けて聞きながら。

 「なんか、安心した」

静かに誠が言った。

 「おまえとちゃんと出来て、良かった」

くしゃり、と絡め取られた俺の髪。
出来てよかったと、内心ホッとしてるのは俺の方だよ。
緊張が解けて弛緩する体。心地良さに瞼が閉じかける。

「あのさ、なんていうかね」

胸から直接響く誠の声。

「体ん中、ずっと足りないって思ってたパーツがあってさ。今さ、それがぴったり、嵌まったみたいな感じがしてる」

閉じかけた瞼を開く。
何か何気に凄いこと言ってないか、誠。

「…パーツって、俺の?」

「そう、おまえの」

「パズルかよ」

「うん、そうかも。残りの一ピースが差し込まれて、全部が僕のものになったって感じ」

俺がおまえの一部になったと?
受け止める方ってそんな落ち着いていられるのかよ。

「あー…俺の方はなんつーか。プラグ、差し込んだら動き出しちゃって自動的にワケが分らなくなっちゃったっていう感じだったけど…って何を」

「プラグ。そうだな止まってくんないし、なんかすげぇ激しかったからびっくりした。いっぱい出てたみたいだけどずっと溜まってた?テスト中自分で抜いたりしてなかったのかよ?」

「…バっカ、おまえそういう事を。だって独りでするのとか空し…って、あのな、俺だってしたく無くて今迄しなかったワケじゃ…」

「なぁなぁ、犯しちまおーかなとか、思った?」

「この口は」

「イテテテっ」

こいつが女の子じゃない分ってても、この受け答えはどうかと思うぞ。
微睡みたい気分はどこへやら。
起き上がり、俺は誠の上唇を摘み上げてやった。…キスをして吸うと、いつも柔らかい桜色の。

「ただな、大事にしていたつもり。だってさ、自分に置き換えたらやっぱ無いだろうなぁ、って思ってて」

だってさ。いろいろされちゃうのも、突っ込まれるのもさ。
やっぱ男としてはナシだろ。普通。

ああ、ちょっと強く摘み過ぎたかな。
赤くなってしまった唇から指を外して親指で撫で擦ってやると、クスリと誠が笑って言った。

 「知ってる。おまえはいつもちゃんと考えてくれてるんだよな。考えすぎて、それでこうやっていつも僕を甘やかすんだ」

 「…甘やかして、悪いかよ」

 「もっと踏み込んでもいいって事だよ」

柔らかな顔で微笑む。
 
 「あのな、彰広。おまえが思ってるより、僕はおまえが好きなんだよ」

誠。

 「好きじゃなきゃ、こんな事始めからさせてやしないよ」

さっきまで摘んでた唇がそんな事を。

 「…いいのか、そんな事言って。俺、今ので歯止め効かくなったかもよ?」

 「歯止め?いいんじゃない。僕もなんか吹っ切れたし。そうだな、おまえとなら」

おまえとなら?

 「何してもいいかもしれない」
 
何て事を。
誠。俺、こんなの知っちゃったら。

 「…今の、忘れて、やんないよ」

 「忘れる必要もないよ」

すっと細めて俺を見上げた洗い上げたグラスのような目。

本当に分って言ってる?
さっき、おまえが言ったんだからな。
俺がおまえの一部になったって言うなら、俺はおまえの全部を。
食い尽くしてしまうかも知れないよって言ったら、おまえどうする。

見上げるグラスみたいな目の奥は悪戯を楽しむ子供みたいな色。

誠、おまえが悪いんだからな。
そう、思いながら。
 
とろとろと明るく融け出した夏の初めの午後の日差し中、俺たちは微温湯の中にいるみたいな長い長いキスをした。
 


雨の甘い匂いのした、18の夏。 
 





end.



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