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突然の雨で傘も持っていなかった。
学校帰りの誠と俺は駅前のカフェの庇で雨宿りをした。
初夏の真昼の土砂降り。
今日は期末テストの返し日で、半日で学校はお仕舞いだったから、のんびりCDでも見たりして帰ろうか、なんて話をしていたのに。
駅を出た途端、俺も誠もあっと言う間に頭から水を被ったみたいにびしょ濡れになってしまった。取り敢えず手近な庇の下に逃げ込んだけど、雨は空が破けたみたいにひたすら降り続いていて、何だか暫くどうにもならないような感じだった。
「どうするよ」
温い夏の初めの雨だ。
寒くはないけど、シャツも髪も体に張り付いて端から水が滴り落ちている。
俺の頭半分下から俺を見上げた誠は、洗い上げたグラスみたいな目で俺を見た。
俺の大好きな目。
走ったからシャワーの後みたいに頬がほんのり上気して、濡れた前髪がクルリと跳ね上がっている。その先からポタリ、雨の雫がその長い睫の先に落ちて。
外は水が煙るくらいの勢いの雨で、なんだか薄いスクリーンがかかったみたいだったから。
その先に滴った雨の雫を、瞬いた瞬間俺は唇を寄せて吸い上げた。
ピクリと震えて固まる誠。
こういう事をこんな所ですれば、こいつが怒るのを知っているけど、俺は時々こんな風にどうしようもなくなる。
見上げたそのグラスみたいな目に、俺だけを映せよ、マコ。
その濡れた目が、夕日に熱く潤んでいるように見えた一昨年の夏、俺はこいつに恋していたのだと気づいてしまったから。
この目がその、入り口だったからさ。
俺は、誠が好きだった。
それが何時からかって聞かれたら多分、もう、初めに会った頃からの事で、確実に恋なのだと意識してしまったのが、高校一年のあの夏の日の夕方だった。
誰もいないプラットホームの上で、夕日の色のまま染まっていた誠。
剥き出しの白い肩を引き寄せて、このまま包んで熔かしてしまいたいと思った。
どうしようもなく、そのまま二人で融け合ってしまえたらと。
それで気づいた。
俺がずっと感じてたこの気持ちは、やっぱり恋愛感情から来るものだったんだって。
それまでも時々、誠と居るとどうしようもなくこいつを独り占めにしたいって気持ちに襲われたり、ふとした時に見せるこいつの仕草や表情にドキリとして戸惑ってしまう、なんて事が俺には人知れず幾度とあった。
でもそれは、ガキの頃から傍にいて、俺が一番の友達でいたいと思う奴だからなのだと。何気ない仕草に敏感に反応してしまうのも、成長につれ二人とも体付きなんかが男の兆しを示し始めたりしているっていう事にただ反応して無駄に戸惑っているだけなんだろうと、俺は思っていて。
だから、無意識に目を瞑ろうとしていたんだと思う。誠にだけ違う感情があるって事に。
大体、恋なんて異性にするものだろ。
そう、疑問も抱かず、俺だってそれまで生きて来たわけだからさ。
中学の頃誠に彼女が出来たのが、そんな意識を面に出したきっかけだったのだと今にして思う。
知った時、俺は胸が焼き付くような、とんでもなくどうしようもない気分になった。
その時、自分にも付き合ってる女がいたくせにだ。
なんだか自分から取られたような気がして、それはもう、どうしようもなく。
独占欲の強さに愕然とすらした、ただの友達なのにって。
自分に嫌気が差した。だから本当の理由に気付きもせず、気力を総動員して宥め封じ込めたよ。
その時の気持ちの理由をやっと悟ったのが高一の夏。
それでやっと認めた。
これはもう、どうしようもない事なんだって。
伝えた気持ちを受け取って貰った一年の冬。それから、二度目の夏だ。
高校最後の、夏。
雨の臭いと柔らかくて薄い瞼の皮膚。
幼かった頃の誠が映ろう、柔らかな頬のふくらみ。
このまま見ていたい、触れていたい。
名残惜しかったけど、実質はほんの一瞬、俺は触れた唇を離し何事も無かったみたいに顔を上げた。
伏せた睫を震わせて、誠は何も言わずにただ小さく息を吐いた。
・・・いつもなら速攻蹴りか悪態をついてくるっていうのに、どうした ?
「雨、止みそうにないな」
小さく誠が呟いた。
「意味ないな、こんなずぶ濡れじゃ」
俺を見上げた洗い上がりのグラスみたいな目。
「彰広、家まで走るぞ」
「…おいっ」
響く雨足の音。
デイパックを担ぎなおした誠は声を掛ける間も無く走り出した。
土砂降りの雨の中、俺は誠の後姿を追いかけた。
「…ったく、無茶しやがって。あぁー、玄関こんなにしておばさんに怒られねぇ?」
全身ずぶ濡れで靴もぐちゃぐちゃ。
制服のズボンの裾は泥跳ねだらけだろうし、シャツなんかもうすっかり肌色に透けてしまっていた。
駅から近い誠の家の前まで走って、そこで分かれようとしたら腕を引かれてそのままこいつの家の玄関に。
いつもならこんな時、パタパタと廊下の向こうからスリッパの音が聞こえて来るのに今日はその音がしない。
「いないんだ、今朝から。父さんとこに行ってるから」
誠のとこのおじさんは単身赴任中。
おばさんは週末にかけておじさんのところへ行ってしまう時があって、こうやって誠が一人きりで留守番をする事がごくたまにあった。
「なんだよ、じゃあそれ先に言えよ。着替えしたらウチ来るか?メシとか食ってけば…」
コトリ。
続く俺の言葉を遮るように胸に凭れた誠の背中。
濡れた皮膚にぴったりと密着した布越しの温度がもどかしい。
「どうした」
いつもと違う、と思った。
俯く誠の項を見下ろす。
しっとり水気を含んだ艶かしい肌と雨の甘い匂い。
「上がってけよ」
低く響く静かな声。
俺は項に張り付いた柔らかい髪を掻き分けるように口付けた。
「…いいの ?」
誠が黙って俺の胸に背中を押し当てるから、
俺はそろりと誠の腰に腕を回し引き寄せ、その体を後ろから抱き込んだ。
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