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さらさらと、風に流され当たった雪が窓ガラスの向こうで砕け、また流れる音がする。
「…それは止めて」
うつ伏せに組み敷かれたまま、そろりと濡れた中指が昨夜散々鳴かされたところへ忍び込んで行った。
「これ以上は、腰、立たなくなる…っ」
「いいよ。後で面倒見てやるし」
「どうして、おまえって、あっ…」
つむじに音を立ててキスした後、彰広は僕の耳の後ろに舌をゆっくりと這わせ巧みに内側と外側から僕の全身の強張りを解いて行った。
夕べの名残を残して誘うように口開いたそこ。
「まだ足りない、誠が」
そう言って、彰広は僕の中に入った。
もう昼だ。
目覚めたのは早朝だったはずなのに、このざまは一体何なのだ。
「ご要望のコンチネンタル・ブレクファーストだぞ…って、いいかげん機嫌直せって、マコ。食事は楽しく、だろ?」
それは変わらぬ僕のモットーのひとつだけど。
彰広の落としたキスを僕は唇ではなく頬で受けた。
「ったく、仕方がねーなぁ。ほら食わせてやろう」
「いいよっ…」
バスローブに包まったまま、僕はそっぽを向いた。
久しぶりの二人きりの週末。
昨夜はお酒を飲むのにかこつけて僕たちはデートをした。
酔っ払ってもつれ込むように戻った僕の部屋、二人で服を脱ぎ散らかし、それから。
こんなふうに身体を重ねるようになって僕たちはもう随分になる。
僕の身体もあいつのも、互いの指と唇が触れてない場所なんて多分もうない。
そんな僕たちだけど、そう、やっぱり初めの頃は。
ほんと、随分と初々しく。
「どうすんだよ。もう昼過ぎだぞ、どこも行けなくなった」
「いいじゃん、雪も降ってるしさ。ここでこのままふたり、ゆっくりしようや」
憮然としている僕に、屈託のない笑顔で彰広は言う。
朝にしては執拗で激しかったセックスのせいで、すっかり僕の腰は参ってしまった。
ベッドの上で情けなくも行き倒れた人のようになってしまった僕を、彰広はバスルームまで抱えて行き汚れた身体をきれいに洗い流してくれ、その上遅い朝食まで用意してくれた、というわけだけど…
こいつのタフさときたら、心底恐れ入る。
『恭史さんがさ。日本に戻って来るって。あの人と一緒に』
『…それは朝のキスより大事な話か?』
今朝先に目が覚めた僕は、ベッドから抜け出すと雪で冷え込んでしまった部屋を暖めながら届いていた郵便物のチェックをしていた。
思いがけない人からの手紙だった。
封を開け中身を読んでいるところへ起き出して来た彰広は、僕の手の中のその手紙の差出人が誰かを知ると、背後から僕を突然すくい上げベッドに逆戻りし…先に到る、という訳なのだが。
あの日のステージを最後に、恭史さんは学校に来なくなった。
正確には、突然アメリカに留学してしまったのだ。
元々そういう話があったところに、付き合っていた彼氏が向こうの大学院へ留学する事が決まったので、ふたり、鳥が飛び立つみたいにして旅立ってしまったんだ。
当然、僕はびっくりした。全然聞いていなかったからだ。
あの音楽室でもう恭司さんに会えなくなる。
ピアノが聴けなくなる。
恋人が男だなんて。
その人結婚してるって言ってなかった?
突然の事に僕はぷっつり来てしまった。
普段はそうでもないのだが、どうもあの人の前だともろもろの感情が素直に表に出てしまうらしいのだ。
それを見て恭史さんは笑って…そして、
「何だよ、変な顔して」
彰広はむっつりした顔で僕の事を見ていた。
「マコって。あの人の事考えてる時、いつも俺の事忘れてるよな」
僕はただ笑った。
その通りかも知れないだなんて、口が裂けても言えない。
「おい、煙草、吸うなよ」
投げ出したセカンドバッグに手を伸ばしかけた彰広に、僕は牽制を入れた。
「さっきおまえが言ったんだろ、こののまま部屋でゆっくりするって。苦い舌、嫌いなんだ」
口を開きかけた彰広の腕を引き寄せて口付け、僕は追及の言葉に封をした。
彰広は、僕を抱くようになってから時々煙草を吸うようになった。
昨夜も少しだけ、抱き寄せた髪にその残り香がしていた。
しばらく、会えなかったからね。
ガムは、煙草にとって変わったのだ。
ねぇ、彰広。
その香りが僕を少なからずせつない気持ちにさせてるって、おまえは知ってる?
「なぁ」
吸われた唇を彰広は吸い返し、啄ばむようなキスを僕に何度も落としながら言う。
「もっと暖かくなったら。休暇取ってどっか行かないか?どっかふたりでゆっくり出来るところ。そう…釣りなんかしてさ」
「うん…昔みたく?」
それから僕らはゆっくりお互いの吐息と唇を混ぜ合わせた。
僕の好きな、変わらず熱くてとけてしまいそうな唇。
背中に回った、変わらず少し冷たい指。
彰広の腕の中で僕は目を閉じる。
部屋の中は焼けたトーストの香ばしいにおいが漂っている。
外は昨日から雪、テレビのニュースじゃ電車も止まったって言ってた。
雪が消した僕らの以外の音、姿。
世界は、僕とおまえだけで。
それがただの馬鹿げた錯覚だと知っていても、続けばいいって思った。
こんな時間が、ずっと、ずっとね。
キスが深くなる。
彰広、
冷めてしまった紅茶とトーストは。
後でちゃんと平らげてあげるよ。
end .
ここまで読んで下さってありがとうございました。感想、頂けると嬉しいです。
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