□ 微睡む猫 □
誠が、野球を辞めるって言う。
迷ってるんだろうなっていうのは、何となく気付いてた。
チームの中でピアノとかそういう習い事他にやってたヤツも何人かいたけど、六年迄続けてたの誠だけだったしな・・・。
頑張ってたと思う。エレクトーンと野球、土日だって試合とかあったのに、ほんと、よくさ。
凄かったよ、春のコンサート。
『ずっとこれ弾きたくってさ』
上のクラスに上がらなきゃ弾かせて貰えないルパン三世のテーマ。
発表会でアンサンブルする定番の曲のひとつなんだって。
最後だからって、皆で聴きに行ったよ。
トリでステージの上に上がった誠は黒づくめのスーツなんか着ちゃってさ、ちょっと・・・うん、かっこ良かったよ。
『部活、吹奏楽に決めたから』
そう誠が言った時、
『辞めんなよ、一緒に野球やろうぜ』
ピンチでもファーストに送球したら必ずおまえが取ってくれるから、安心して、俺、
そう言いたかったけど。
言わなかった。
誠が選んだんなら仕方ない。
俺がとやかく言う事じゃない。
おまえもそれは、望んでないだろ・・・?
まったく、安心しきった顔しやがって。
今日は皆が家に来る約束をしていた。
誠だけ直で家に来て、俺が提出しなきゃいけない添削問題終わってなかったからって、上がった部屋で待ってて貰ってる間に。
こいつ、すっかり眠っちゃったよ。
窓から差し込んだ陽だまりの、ベッドの端に頭乗っけてすーすー気持ち良さそうに。
あーあ、寝息なんか立てちゃってさ。
「おい、終わったらゲームするんじゃなかったのかよ」
陽に中ったのか、頬がちょっと逆上せたみたいに色づいてた。
瞑った瞼、垂れた前髪の、篭った熱を逃がしてやろうと俺は誠の髪に指を通し、梳き上げた。
柔らかな髪だよな・・・。
指の間に通したままサラサラと弄ぶ。
野球部入ってスポーツ刈りにするのには、ちょっと勿体無いか。
もう一度生え際から梳いてやると心地が良かったのか、誠は少し首を竦めて笑み、小さく丸まった。
なぁ。
お互い違う部活入ってさ、新しい仲間増えて忙しくなったら、一緒にいる時間減るのかも知れないけど。
こうやって、おまえ、側に戻って来いよな。
こうやっておまえがここにいたら。
安心するんだ、俺も。
薄い桜色みたいな子供っぽい柔らかな頬を、何気なく人差し指の背で撫ぜてみた。
くすぐったくないのかな。
誠が触れた俺の指に擦り寄った。
−微睡む猫。
「おぅ、なんだ寝てんじゃねーか、悪戯してないで何か掛けてやれよ」
階下でチャイムが鳴って、誰か来たのは分ってた。
どたどた上がってくる足音にも物ともせず眠ってる誠も誠だけど、来た早々、まずなんか掛けてやれよって、
「吉田、おかーさん?」
「ばーか」
ぶつぶつ言いながら俺達のチームのキャッチャーだった吉田は、ベッドの足元に畳んであったタオルケットを拾い上げた。
気が利かなくて悪かったね。
だってもう少し見ていたかったんだ。
安心して懐いた猫みたいに、こいつが微睡んでるところを。
誠、依然起きる気配無し。
そう、皆にいつもこうやって。
面倒みて貰っちゃうんだよな、こいつ・・・
吉田がそっとタオルケットを広げ、誠に掛けようとした時、
「マコっちゃーんっ、何いつ迄寝てんだよっ!」
「・・・ぅ、ぅわぁあぁっ!!」
言うなり俺、誠の頭抱えて押さえ込んでた。
寝起きでびっくりして慌てた誠、俺らに呆れた吉田、なんだかんだ大騒ぎしてるうちに幸太郎とか鮫島も来て・・・
後で誠に、
『おまえ僕を殺す気か、確実に心臓止まったぞ!』
と怒られたけど、悪いとか俺、何でかその時ちっとも思わなかった。
だってさ、なんか。
ムカついちゃったんだよ、他の奴におまえが優しくされようとしてんの見てたら。
うん。
それが何でだったかって知ったのは。
そう、もっとずっと、後での事なんだけどね。
end.
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あとがき。以下反転。
本編の回想が始まる更に以前の彰広視点で書いてみました。
本編は誠視点の一人称で語っていくスタイルになっているので、
彰広の心の動きがずっと書けなくて、ずっと、もやもやと。
他の登場人物たちに関しても、
こんな風に思ってたんだよ的な零れたお話しを
これからもssで書けたらなって思っています。
菓々