□ 襟の下 □
早朝の白い光に溢れるバスルーム。
コックを捻って降りかかる熱いお湯を頭から浴びる。
目を閉じ、暫くそのままでゆっくり体を目覚めさせて行く。
朝のシャワーが好きだ。
もやもやした体に纏わりつく夜の分子を洗い流して、浴びた白い陽の光が体を浄化して行ってくれるような気がするから。
鏡に映る見慣れた自分の裸の体。
指で触れた鏡に映る鎖骨と首筋に、昨日彰広が吸い付いた跡が無数に見えるような気がした。
跡など、本当はひとつも残っていないのに。
押し当てられた唇、求め這う指、舌、その熱さ。
シャワーで洗い流しても消えて行かない、その色濃い気配。
いまだ、ここに漂ったまま。
少しずつ開かれて行く僕の体。
彰広に手入れをされる体。
抱かれる体だ。
胸が、苦しくなる。
昨日彰広の部屋でキスをした。
唇を受け、求められて開き、吸い出される。
そんな風な仕方が今迄は多かったのだけど、昨日は僕も欲しがり、それで。
キスで勃った。
いや、それまでも彰広とそういう事をすると気持ちは昂ってた。
でもそれは、内に抱えた気持ちがいっぱいに溢れ零れ、どちらかというと心を満たしてくれる類のもので、あんな風には…
口の中で優しく蠢いていたあいつの舌が酷くもどかしく感じ、
もっと欲しくなってしまって僕は自分からあいつの舌を強く絡め取り混ざった唾液を飲み下した。
彰広が目を見張ったのが気配で分った。
絡めた舌を逆に強く取り込まれ、そのまま深く犯された。
彰広を、挑発してしまった。
背にしていた壁に押し付けられ、寛げたシャツから覗く喉元に顔を埋めてあちこちに口付けた彰広。
動脈を舐め上げて啜る舌、肉のない乳房に這う指、唇、抱き込む腕。
温かくて熱かった。
だからもっと欲しいと、自分から思った。
それで初めて僕は彰広のシャツのボタンに、手を掛け。
筋肉質の体を撫でるのではなく、抱くように触れた。
僕よりも少し高い体温、しっとりと滑らかで、吸い付くような。
そんな風に感じるから、もっと触って彰広を感じたいと思った。
そうやって肌が触れ合って、馴染み合って行くっていう事。
されるがままじゃなく、お互いに求め合って行くっていう事。
でも、僕らは、どこまで。
残った理性の欠片が邪魔をした。
我に返ってしまった僕に、ベルトへ手を掛けた彰広の手が止まった。
彰広は、それ以上の事を僕にしなかった。
あいつは、僕を傷付ける事を嫌うから。
僕が嫌がる事まで、無理に踏み込んだりはしないのだ。
そうやって、あいつは僕を甘やかす。
僕が、あいつのやり方に馴染んで行くまで。
されるキスも、体を丹念に愛撫される事も、あいつが全部僕に与えた。
少しずつ、少しずつ…
最初は、気持ちだけで、もうあんなにいっぱいだったのに。
キスだって、あんな風には。
何かが、僕の中で変わり始めている。
喉元から縦に割られた線、そこから覗く白い肌、昨日彰広が口付けていたところ。
唇の赤い軌跡が見えるような。
瞬きをひとつ。
僕は着込んだ制服のワイシャツを第一ボタン迄きっちりと留め上げた。
そして鏡に向かって微笑み、いつもの顔を作る。
母の前で、電車の中で、教室で、彰広の前で。
いつも通りの、僕の顔を作る。
そうして、僕だけが知る秘め事をそこに仕舞い込んだ。
「マコちゃーん、時間よ、彰広君待ってるわよーっ」
「今行くー」
いつもの朝、いつもの会話、いつもの彰広だ。
靴を履き玄関を出て、門の前に立つあいつに僕はいつものように微笑みかけて言う。
「おはよう」
そして踏み出す、いつもの日常へ。
襟の下の事は、秘密にしたまま。
end.
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