Dear. Days.



一月   かじかむ指とそまる頬




年に一度だけ許されてた子供達だけの真夜中の外出。
地元の神社に初詣、来る年を迎える鐘の音が鳴り始める頃に。
毎年の恒例行事も今年で何回目だろう。
高校生になって、もう夜道の自転車は危ないからダメよなんて親に言われなくなったけど、友達同士夜歩くのだって、別に珍しい事じゃなくなったけど。
この日の夜だけはいつも特別、年を跨いだ公認の夜遊び。
初詣は、僕らのちょっとした秘密の楽しみの口実だった。

僕達はいつも大晦日の夜、神社に一番近い仲間の家に集る。
毎朝学校へ行く時迎えに来て貰うのとは逆に、この日だけは僕があいつを家へ迎えに行く。
冬休みに入って会ったのは、先週の部活収めで学校に行ったのが最後。その後はクリスマスに旅行へ行ったり、冬季講習があったりで、二人でゆっくり会うような予定も入れられずにいた。そりゃあ、会わなかったって言ったって、たかが一週間位の事なのだけれど。

『待ってるからな』

昨夜の電話であいつが言った、たったそれだけの言葉だ。
別にそんなの何かの時に今迄だって聞いた事のあったはずの科白だ。
なのに。
その響きが、前と違った感じで僕の胸のここんところに残ってる。

高く昇った冷たい月。

冴えた空気が頬を刺して痛い。
僕は襟元のマフラーを口元迄引き上げ、歩む足の速度を上げた。

僕らが友達とは少し違う関係になってから、ひと月くらいが経っていた。




僕の家とは違う二世帯住宅の大きな造りの門。
インターフォンを押して明かりの灯ったポーチに上がると、すぐに扉が開いてあいつが顔を出した。

「ちょっと待ってて」

そう言って黒い頭がまた引っ込むと、中で何やら遣り取りする声に被ってガサガサとポリエチレンの袋が立てる音が聞こえて来た。多分いつものお菓子とジュースが一杯詰まって膨らんだスーパーの袋に違いない。

『…それから吉田君のお母さんに、宜しくってちゃんと伝えてよーっ』

「はいはいわーかったって」

『あー、それからね』

上着を引っ掛けて、スーパーの袋を抱えたまま扉から顔出したあいつにおばさんの声が追い被さる。

『誠君、ちょっと早いけど、今年もうちのバカ息子を宜しくねぇー』

「あ、はい、今年もよろし…」

「バ… って、つかおまえもハイって、も、いい。行ってきますっ」

玄関先に漏れた暖かい明かり中、いつもながらの何だか慌しいこいつん家の遣り取り。笑いながらあいつを差し置いておばさんに返事してた僕の頭をあいつは片手でクシャッと掴み、

「行くぞ」

そのまんま脇に抱えるみたいに僕を引っ張り門の外に出た。




「見ろ、これ。毎年余るからこんなにいいって言うのにさ」

歩きながら辟易した顔であいつが袋の中を覗いて言った。

「いいじゃん、お楽しみ袋。おばさんセレクト毎年皆結構楽しみにしてんじゃない?」

どこの国のだか分らないカラフルなパッケージのお菓子が一杯詰まった美味しそうな袋。重たそうなその持ち手の半分を持ってやる。

「そーか?たまにひでー地雷埋まってたりもするけどな」

「そうそう、ごめんなさいって謝りたくなるような死ぬほど不味いミントチョコとかな」

「食って謝る前に吹いたのはどこの誰だったかな」

外灯に照らされて袋越しに繋がった僕らのシルエットが四方八方に散らばっていた。
去年だって今年だって、こうやってどうでもいい気楽な遣り取りをしながらこの道を歩いていた。こんな風に。
これから続くだろう馬鹿らしい長い夜だってきっと、今迄通り変わる事もないだろう。

僕はあいつの横顔を眺めていた。

「どうした?」

「ううん」

だけど。

白いビニール袋の持ち手の向こうを握っている、あいつの渇いた長い指。
さっき僕の髪を通してくしゃりと僕の頭を掴んだ後、優しく指の腹で撫でるみたいな仕草をして離れた。それは何気ないものだったけれど。

変わったのは、僕らの間柄がこの袋分よりもほんの少し近くなったっていうだけの事。そしてその指の触れる意味が少しだけ変わったっていうだけの事だ。
それは僕らだけが知る変化。

あいつの触れた辺りに、包まれたみたいなふわふわした感触がまだ残ってる。
そこだけ妙に暖かいまま、襟足から忍ぶ夜の空気は冴えて冷たかった。

僕は空いた片方の手でマフラーを口元迄引き上げると肩を竦め持ち手を引き上げ握り直した。
すると突然、横手からあいつが距離をすっと縮めて僕の肩をど突いた。

「ちょっ、何すんだよっ」

不意につんのめりそうになって、落としそうになった袋をあいつが片側から引き上げる。
反射的に遣り返そうとしたのに当たり前みたいに肩透かしをされ、またしてもムキになりかけた僕にあいつが笑うから、

「待てこのっ」

ビニール袋が裂けない事を祈ろう。

僕らは新年を待つ静かな住宅街の路地を無駄に騒ぎながら寒空の下走り出した。




集合先は小学生の時からの仲間の家。
野球チームで仲良くなった面子で、こんな風に集り出したのは高学年になった頃だったかな。大晦日の晩、神社に一番近いそいつの家に集って、ひとしきりダベッて騒いで年越し蕎麦をごちそうになって、お腹いっぱいになった勢いで皆で近くの神社に初詣。ここ数年はこれが僕らの恒例行事になっていた。

幟と夜店が立つ参道、この時だけ明かりが入れられる石灯籠。

ベッドタウンのこの街の年末を家で過ごす大勢の参拝客に混じって、僕らも行儀良く参道から社へ上がる階段に一緒に並びじりじりと歩いた。
上がりきった先の賽銭箱に五円玉投げて今年は何を願っただろう。
賽銭箱の前、隣に並んだあいつが僕より少しだけ長く手を合わせてたのを横目に見たのも束の間、終わるとすぐに横へ流されて、お参りの済んだ客は境内に設置された休憩所でドラム缶に炊かれた炎を囲む。
この夜だけ神主さん一家が振舞ってくれる甘酒を、年に一回だけここで飲むんだ。

境内は、この日ちょっとした同窓会みたいになる。

一番多く来てるのはやっぱり今現役の中学生の奴らで、後はだんだん地元離れたり、年越しライブやらイベント行ったりで面子も変わり人は入れ替わって行くんだけれど、今年は卒業した先輩が彼女連れで暫く振りに来ていたのに会ったり、引越した友達が遊びに来ていたりのサプライズがあった。
こんな風に連絡する程じゃなかったけど会いたかったなって思ってた顔が見れたり、来なくなった奴もやっぱりいてちょっとがっかりしたりもするし、会いたくない奴に会っちゃったりもするなんて事もあるけれど。まあ、それはそれでいい。

燃える炎と温かい甘酒。

僕らも今年は高校に上がってしまったから、いつまでこんな風にここへ集れるか分らない。でも漠然と思ったそんな事は取りあえず誰も口に出したりはしない。
この日は暢気な子供みたいなノリのまま、新しい年を迎えるっていうのが正解だ。
パチパチとドラム缶の中で爆ぜる薪の音と途切れ途切れ聞こえるニューイヤーを祝うラジオの声に、可愛く着飾った女の子達。
新しい年を迎えるこんな場所に、そんな辛気臭さは似合わないだろ?

「ちょっと悪い」

久しぶりに会った友達と一緒に喋ってたあいつが、そう言ってすっと僕の傍から離れた。
別の火を囲んでた女の子の集団の中に、さっきからこっちの方を見てる子がいる事には気づいてた。
長いきれいなストレートの栗色の髪。あの子はあいつとクラスが一緒だった…

「元カノ、来てたんだな」

「… みたいだな」

隣に陣取ってた友人の口からボソッと呟かれた周知の事実。
いつ別れたのかは知らないが、取り合えず僕との間に何人かいるかも知れない前の、多分一番長く付き合った子なんじゃないかと。

「あんな可愛いのにもったいねーよな、何で別れたんだ」

「さぁ?」

別れた原因は分るような、分らないような。

「ところで、オマエの方は最近どうなんだよ」

体の向きを変えて友達の顔覗き込んで言いながら、僕は頭の後ろの方であいつが消えてった先を気にしてた。

パチパチ爆ぜる火。
気分が一所に落ち着かない。それが何でかなんて、知りたくもない。




「…さすがに眠い。泊まっても良かったんじゃね? 」

「んー、雑魚寝は眠った時いーけど、起きた時のコンディション最悪だからな」

確かにストンと眠りに落ちた時はいいけど、肩とか腰ギシギシになるもんな。
何気にもう、無茶はしないのな。
こいつは今年、野球部でまたレギュラー取るんだろうし。

「それに結構爽やかじゃん。おまえと散歩すんのも悪くないかなって」

「悪かないけど、なんでそんな元気なの。まさか年明け早々走り込みとか言い出さねーだろうな、付き合わねーぞ」

僕がベッドから抜け出そうともがいている一時間前、あいつがご近所をランニングしているのを知ってる。

「考えてなかった。いいぞ、走っても」

「ふざけんなよ」

あいつの片側の頬にうっすらと浮かんだエクボ。
まだ夜の色を濃く残した空、澄んだ新しい空気。時計の針は確実に進んで、新しい年の朝が来てた。
いつもならまだまだベッドでまどろんでる時間だ。僕はあまり夜ふかしに強くない。
さすがに底冷えする夜気に僕はまたマフラーを巻きなおした。

初詣から戻った後、友達の家人も混ざって麻雀大会をした。
賭けたのはポテトチップスとお徳用のチョコレート、それから差し入れであいつの家から持って来た文字も読めない外国のスパイス・クッキー。食べた事のない後味がいつまでも残る不思議なクッキー。
あいつの戦績は恨まれない程度の勝ち越しで目出度く新年を迎えられて悪くない。
僕?
聞かないでくれ。
そのおかげか何やらずっと上機嫌のあいつ。
お開きの帰り道、僕は手ぶらであいつだけが大吉のお御籤を持ち帰っていた。
僕?
… だから聞かないでくれ。

「ちょっと寄り道して行こうぜ」

眠さもピーク、超えれば異常にハイな気分だ。
何気に腕時計に顔を落としたあいつの片眉が上がる。

「やべ、間に合わなくなるかも」

だから、僕はさっきランニングはしたくありませんって言わなかったか?
僕の手を握って走り出したあいつ手は温かかった。
僕の寒さに悴んだ手とは酷く対照的だった。


「もう少しかな… 」

腕のG-ショックはその時何分を表していただろう。
辿り着いたのは街が一望出来る小高いガードレール。

「これが目的だったのか? 」

肩で息をしながら、走ってる内になんだか僕まで気分がハイになっていた。
街の建物でデコボコになった地平のパノラマは霞も無くくっきりとしたシルエットを浮き上がらせほんのりと白みかけている。

「そう。いっつも朝、ここまで走りに来ててさ、おまえと今度見れたらなって思ってたんだ」

「すげー… 」

「空気澄んでていい感じ。ラッキーついでに願い事も叶うかな」

「願い事?」

「あ、見ろよ、ちょっと明るくなって来たんじゃね?」

薄紫色から淡いバニラ色へ。夜を捲って地平を射す光。

「俺さ、」

刻々と色づいて行く街を見詰める僕にあいつが言った。

「これから、俺おまえとだけしか出来ない事とか時間、たくさん作って、重ねて行きたいって思ってる」

高く昇って消えかけた月と、昇りかけたダイヤモンドの欠片みたいな太陽だけが見ていたのだと信じたい。
頬に触れたあいつの指がさっきと違って冷たくなってた。
それが緊張のせいだったんだと分ったのは後の事、さっきまで刺すみたいに冷たかった僕の頬はきっと赤く染まってた。

「ちょっ…」

「明けましておめでとう」

僕の凶はあいつの大吉なのか、それとも。

取り合えず最初願い二つも叶ったって、一瞬離れた唇の隙間であいつが言った。
贅沢者って抗議した口をまた塞がれて、それからあいつは僕の頭を抱いて。


初めての僕達のキスは、陽の射し始めた色と、不思議なスパイスの効いたふんわりと優しい甘い味がした。




end.



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