Dear. Days.



二月   原点はチョコレートじゃない




甘いチョコレートは嫌いじゃない。
香りも、口解けも、残るほろ苦さも。
むしろ好んで選ぶ方、あいつも僕も。


灰色の薄曇りの空の下、赤とピンクでラッピングされた街をあいつと歩く。
吐く息が白いから、縮こまる体を寄せてコートの肩が触れ合う距離で歩く。
僕があいつの歩く歩幅に合わせているのか、あいつが僕の歩く速度に合わせてくれているのか。

付かず、離れず。僕らは友達でもあるし、それ以上でもあるし。
少し前迄はそんな事気にもしなかった事だったのに。

チョコレートの数、女の子の話し。去年の今頃なら何の気無しに上っていただろう話題。でも、今年は僕の立場が違う。
仲のいいのは以前と今も変わりはない。
だけどただの仲が良いだけの友達は好きだと言って僕を抱きしめたりなんかしない。
おまえじゃなきゃ駄目だなんて、言ったりもしない。

聞きたくもないのに有線のロマンティックな曲ばかりが耳に入って来て困る。

あいつが僕に女の子みたいな振る舞いを期待してるとは思えないし、僕だってそうすべきかなんて考えたくもないのだけど。

街頭に飾られたメタリックな銀と赤のハートの風船が、ふわふわとくっ付いたり離れたりしながら漂っている。
こうも回りが恋人モードに飾り立てられてしまうと、さすがに近頃の自分の立場の微妙さについて嫌でも気付かない訳には行かなくなった。

「スタバでも寄ってくか」

「あ、うん」

左斜め上からかかる乾いた声。気が利くというか何というか。
歩きながらポケットに手を突っ込もうとしたところであいつが言った。
指先が冷たかった。

この頃の僕は、こいつの側に居てどう振舞ったらいいのか、いつも戸惑ってばかりいた。



削った白いチョコレートがミルクの泡に降り積もっている。
甘くて、暖かく、ほろ苦い。

底冷えするこんな日に街を歩く人が思う事は皆一緒なのか、店内のテーブル席は既に満席だった。僕らは学校帰りの制服のまま空きのあった全面ガラスの窓側スツールに腰掛けた。
曇りもなく一面透き通ったガラスの向こう、通りを行く人もなんだか二人連れが多いと思うのは僕の気のせいか。
身を寄せ合う間から醸し出される密やかで優しげな気配。温かみのある柔らかな気配。
こんな事、これ迄こいつと居て気にするような事でもなかったのに。
視線を上げた先のあいつはこれといって変わった風も無く、いつも通り涼しげな顔をしたままで、どうかしたかって、やっぱりいつも通りの表情で僕を見返す。
口付けたカップから立ち上る湯気にそっとカサついた唇を馴染ませるような仕草、話す声の低いトーンも変わらない。

カップから湯気と一緒に立ち上って行く甘い香り。

コーヒーの香りが和むって思い始めたのはつい最近の事だった。
小学生の頃には、背が伸びなくなりますよって家庭科の先生に言われた事を鵜呑みにして、僕もこいつもその日から口にしない時期があったっていうのに。
今だって僕一人の時には特に好んで選びはしないけど、こいつと一緒にいる時だけは何故か。

甘く、ほろ苦い香り。

好きだと言われてきつく抱き締められた。柔らかなコーヒーの残り香がしていた。
答える事が出来ずずっと立ち止まり、そしてあの日、側に居てって言ったのは僕だ。おまえがいいと言ったのも、僕だ。
でも、僕はまだ言えていないのだ。はっきり口に出して好きだとこいつに言っていない。
そしてこいつは僕にその簡単な一言を求めて来ないのだ。
いつもと変わらず側に居て、一番近くに、触れそうで触れない一番近くに居ながら。

優しくカップの縁に口付けた乾きが潤い赤みの差した唇、柔らかにカップを包み込む両の手の丸く整った爪の先を見る。
その指先と唇が僕に触れる時、躊躇う事があるのを知っている。
正面から受け止めるように僕へ開いたあいつの広い胸とスツールから伸びる爪先が、僕に触れそうで触れないところで柔らかな囲みを作る。

デート、だよな。

眺めていた僕は視線を外した。
以前は思ってもいなかった事だ。
何か一つとっても前と同じ気持ちでいられなくなるなんて。
ああ、何で僕だけがこんな事を。
しかもなんで、こんな甘ったるいものを注文してしまったのか。

スティックでいくら掻き回しても消えて行かないクリームの泡。

もやもやと立ち込め始めた気持ちを、立ち上る豆の香りと一緒に飲み込んだ。


「それ、味見させて」

コーヒーにはミルクをたまに足すくらいの、苦めが好みのあいつが珍しい事を言った。

「いいけど。甘いよ?噴くなよ」

スティックを外してカップを渡すと、あいつは一口飲んで、うん、やっぱ甘すぎ、と笑い口の周りについてしまったクリームを親指で拭って舐め取った。

「白チョコ入りのなんて、初めてかも」

「期間限定に釣られたんだ。失敗した、女の子向けの味だよな」

「ごちそうさま」

上目遣いで僕を見るあいつ。

「今年の最初のチョコレート。貰ったから」

チョコレート貰ったって?
僕のカップを手にしたままのあいつを眺めた。手元で行き場のなくしたスティック、残った白いチョコレートの欠片。

「それって、明日の、僕からのって、事?」

返事の代わりにあいつの片側の頬にエクボがうっすらと浮かぶ。
消えないミルクの泡と溶けかけた白いチョコレート。

あのな、おまえの方は知らないけどな。

僕はチョコレートなんて今年はきっと部活の先輩達から貰う義理チョコくらいだ、多分。
というか。
世間様並にチョコのプレゼントをあげようとか具体的にそんな事考えてた訳じゃないけど、なんだよ、そうやって先取りしておまえに嵌められたみたいになってるのは僕としては如何なものかと。
しかもチョコレートって言ったって、こんなの。というか、おまえチョコ欲しかった訳?

難しい顔して睨んだんだろう僕に、あいつのエクボが深くなる。

違う。見透かされてたんだ。

「返せ」

スティックを挿してあいつからカップを奪い取ると残りの中身を飲み込んだ。

「一緒に分けて食ったってのも、初めてだから」

口の中で溶けていった甘いチョコレート。

「…そーか、そりゃ良かったな」

義理にしろ本命にしろ誰かからチョコを貰った事があっても、そういえばその人と一緒に食べたなんて事は今迄僕にも無かった。
ヴァレンタインにチョコレートに気持ちを込めて愛しい誰かに贈る。
そんな日本式イベントのルールとは違ってしまったかもしれないけど、好きって気持ちを二人で一緒にこっそり味わい合うっていう行為は、ただ贈り物をするだけより数倍親密な感じがしていいんじゃないのか。
途惑う気持ちを知っているのなら、それごと分かち合えばいい。
僕の迷いにこいつは気付いてる。

「僕も、初めてだし」

言って、目を合わせられないでそっぽを向くような素直になれない僕だから、こいつがこんな風に率直で少し強引に出てくれるくらいが僕らには丁度いいのかも知れない。
あいつがまだクスクスと笑うから、

「笑うな、ばか」

つい、こんな風に言ってしまうけれど。

他のこんな奴らがどうしてるのかなんて事は知らないし興味もないけど。
僕達は僕達のやり方でこんな風にゆっくりと自分達の事を確かめ合って行けたらいいんじゃないのかって思った。
多少照れ臭くっても何でもさ。
そうして僕らは少しずつ、小さな事柄を共有しながら重なり合って行く。

溶けたチョコレートは互いの舌先にまだ残っている。

そうやって、好きって気持ちを少しずつ。



コーヒーショップのスツールの上、そんな風に思った冬の薄曇の午後。



end.




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